2007年06月04日

日韓トンネル構想

saga01

筑後川にかかる筑後若津橋梁、通称「筑後川昇開橋」。
現在は国の重要文化財となったこの橋は、もともと廃止された国鉄佐賀線の敷設のために建設されたものである。

今朝の読売新聞に「日韓トンネル構想」の記事が出ていたようだが、この佐賀線はもともと朝鮮半島へ向かう鉄道トンネル構想に基づき、軍が敷設を優先したという話がある。

「日本国有鉄道百年史」第11巻に次のような記述がある。
・1935年(昭和10年)佐賀線佐賀〜瀬高間全通
・1939年(昭和14年)
 鉄道省が鉄道局内に「朝鮮海峡連絡隧道調査委員会」創設(非公式)
 佐賀線〜唐津線からトンネルを経て朝鮮半島に渡るルートを研究
・1940年(昭和15年)春
 呼子、加唐島、壱岐、対馬、朝鮮半島側の固城、馬山などの地質及び一般調査を実施
・1941年(昭和16年)
 呼子〜加唐島の調査
・1942年(昭和17年)春
 加唐島〜壱岐の調査
 その調査中、測線上に潜水艦が沈没、海軍が調査中止を命令
 同年秋に太平洋戦争激化により計画全体が中止

総延長286km、内トンネル200km(海底部分130km)、博多〜釜山間を2時間半から3時間で結ぶトンネル構想はこうやって立ち消えとなってしまったが、ウィキペディアを見ると1980年代頃から、今度は韓国側から「日韓トンネル構想」が再び持ち上がっているらしい。

今朝の新聞記事では、韓国側では議論が白熱を帯びているというものの、九州側は「夢物語」と捉えているようで・・・。

佐賀線もなくなった今(もっとも佐賀線は朝鮮半島とかけ離れた場所になるけど、笑)、このトンネルが重要だろうか?
鉄道と自動車道の併設ということらしいけど、イマイチその必要性が分からない。

でも、国と国がつながるのはいいのかもしれない。
今だ戦争により仲違いしている日本と韓国の友好の輪になるのなら・・・。

saga02

去年12月30日に撮った佐賀線の東大川駅跡。
付近では有明海沿岸道路の工事が行われていたため、多分今はもうこのホーム跡を見ることは出来ないだろう。

必要かどうかと言えば、この有明海沿岸道路。
大きな道路って、そんなに必要なんだろうか?
単なる自然破壊にしか思えないのは僕だけだろうか。


posted by がんげん (A.G.I.) at 13:45| 福岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道(廃線・未成線関連含む) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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